第74章 ぼくだけの姫君 四男END
主人公視点
今日はうちのペットショップで毎月二十二日にある猫缶の特売日。
いつもこの日は一松くんが猫缶を買いに来てくれる。
三日前、突然出て行ってしまってから、一度も話せずにいた。
だから密かに、今日顔を見られればいいなぁなんて、期待している自分がいた。
特売専用の台まで、缶詰の入った段ボールを犬飼くんが運んでくれた。
「ありがとね、あとはわたしがやるから」
「いえ、俺も一緒に並べます!」
そう言うと、肩が触れるくらい近づき猫缶の陳列を始めた。
(犬飼くんって、ホントに犬みたい)
尻尾があったらフリフリ振ってそうな人懐っこい男の子だ。
やや天パ気味な茶髪にぱっちり二重な黒い瞳、歳下とはいえ身長は百八十くらいあって、鍛えられた筋肉は触れた肩から分かるくらいガッシリとしている。
きっと、学校でモテモテなんだろうな。そして彼女もいるんだろう。
大の犬好きで、専門学校を出たらトリマーになるのが目標らしい。
うちのお店にうってつけな男の子だ。
わたしが勝手に犬飼くん分析をしていたら、頭を下げて顔を覗き込んできた。
「youさん、なにボーッとしてるんスか?」
「ぼ、ボーッとなんてしてないよ!」
「ほら、そこの缶倒れてます」
「あっ」
犬飼くんは几帳面にキッチリと敷き詰めて並べ直している。
ガサツな自分が少し恥ずかしくなった。
人当たりが良くて明るい犬飼くんと、不器用で人付き合いが苦手な一松くん。
比べるとその違いは一目瞭然。
十人十色とはよく言ったものである。
人と関わるのが苦手なのに、わたしとはずっと仲良くしてくれる一松くん。
そんな彼を、この間、ささいなことで傷つけてしまった。
せっかく…少しずつ素直になっていたのに。
繊細な彼は、わたしが思っている以上に傷つきやすいのかもしれない。
缶詰を並べ終えてダンボールを持つと、ヒョイと手が軽くなった。
見上げれば、爽やかスマイルを向けた犬飼くんがダンボールを持ってくれていた。
「ありがとう……ハァ」
「分かりやすいため息吐いちゃって。心ここに在らずですかー?彼氏と喧嘩ー?」
「…仕事中にそういう話は厳禁だよ」
「ふーん、図星ですね?」
爽やかスマイルが、今度はイタズラな笑みに変わった。