第37章 行き交う
皆が練習を再開する雰囲気だったのに、ツカツカと私の所へ寄ってくる人がいる。
「き、清志くん?」
眉間にシワを寄せたその顔は、間違いなく怒っていて、さすがのリコも少し萎縮している。
無言のまま手が伸びてきて、思わずぎゅっと目を瞑ると、Tシャツの襟ぐりに手がかかり肩の方へ向かって引き下ろされた。
「大丈夫じゃねぇ!腫れてるだろーが。冷やせ」
ぶつかった場所を見た清志くんが言う。
いつも以上の大きな声に、身体に力が入って、うつ向いた。
再び感じる皆の視線。
すると、
目の前に影が出来て、
「何だよ」という清志くんの不機嫌な声が聞こえて、
顔を…あげた。
凛が清志くんの腕を掴んでいる。
立っている位置は少し不自然で、皆の視線から私を隠している様に感じた。
「離せよ」
清志くんが睨むが、凛も引かない。
私の肩に覆うようにタオルをかけて、手を離すように促す。
納得いかない様子の清志くんに、言葉を添えてくれたのはリコ。
「あの…宮地さん」
「あ"?」
不機嫌に見下ろされて、リコは一歩引いた。
それでも、
「碧の下着、少し見えてるんで、水戸部くんはたぶんそれで…」
と、話してくれる。
続けて、コクリと凛が頷く。
「は?…あっ」
指摘をされた清志くんは軽く辺りを見回した後、
ばつが悪そうにこちらを見て、
「わりぃ、碧」と手を離した。
「だ、大丈夫。気にしないで…」
「お前な、下手に隠すな。長引く方が迷惑かけるだろーが」
相変わらず、眉間に皺を寄せたままの清志くん。
私の苦手な表情。
「うん。ごめんなさい…」
消えそうなくらいの小さな声で謝罪をして、清志くんから逃げる様に身体の向きをかえた。
「これ、ありがとう」
肩のタオルを丁寧に畳んで、隣に並ぶ凛に手渡す。
『どういたしまして』
タオルを受け取りながら優しく笑う彼は、
たぶんそう言ってるんだろう。
そして、
ふわりと私の頭に手のひらを乗せて、左右に撫でた。
小さな子をあやすような、宥めるような、そんな手つき。
モヤモヤとした心が穏やかになっていく。
凛の手は魔法みたいだ。
「碧、こっち来て。冷やしましょう」
リコに促されて、
凛にそっと背中を押されて、
私はその場を後にした。