第16章 私はヴィラン、ヒーローじゃないの
~誰かside~
切裂 ジャック…今その名に聞き覚えのある者は多いが、その時そいつは無名だった。噂ではあまりの手際の良さから、初犯ではなく裏でもみ消していた奴がいた…と囁かれていた。
「夜蝶…!!」
最初の犠牲者はおじさん…夜蝶の父親だった。患者を庇って刺されたのだ。彼女は震えて動けない俺の手を握り、母親とおばさんと共に走って逃げようとした。だが、
「っ!?」
ドアはどれだけ叩いても強固で逃げられず、俺たちは仕方なく2階に逃げるしか無かった。逃げる途中、壁から切裂が現れた。
「み~つけたぁ~!!」
それは母とおばさんの間から現れ、母たちはそれぞれ別々へと走り出した。
「っ! あ、夜蝶ちゃん!!」
そして、俺と夜蝶が繋いでいた手は離れ、俺たちは別々になった。だから、ここか先、彼女たちがどうなったのか俺は知らない。聞こうとしなかったし、聞けなかった。
「虎太郎…ここに隠れなさい」
俺は母に動物に変身するように言われ、言われたように変身したあと、小棚の中に身を潜めた。だが、俺は震えていた。母親の個性は人を治す個性だったからだ。だから、次の犠牲者が母になってしまったのは、必然的だった。
「息子はどこだぁ?」
聞こえてきたのは切裂の声だけ…母は一言も悲鳴も呻き声も出さず……息絶えた。俺は怖くて怖くて怖くて…母を助けもせず…自分だけ逃げ延びた。母は生きている…あれは切裂が自分たちをおびき出す罠だ…そう信じ込んで…。
「お……お母さんっ!!!!!!!!」
しばらくして…夜蝶の悲鳴が聞こえ、俺は自分がいかに臆病で愚かだったか…知るのだった。