第9章 私たちのはちゃめちゃな職場体験
「婚約者…ですか」
そう言えば、母が轟家から縁を切られたのはお見合いをけって父と駆け落ちをしたからだと言っていた。この人がけられた見合い相手…兼婚約者。気まずいことこの上ない。
「あぁ、すみません!! お気になさらないで!! 私も今までは2人の子供がおりますので」
見ます?と写真を見せてくる運転手。気を使う必要はなしと言いたいようだ。
「爽和さんは大変綺麗な方であり、大変お優しい方でした。結婚の話が上がった時…彼女に一目惚れした私は喜んでいましたが、当日…両親から爽和さんが男性と駆け落ちしたと聞きました。彼女が幸せならそれでいいと思っていましたが……残念なことです…」
悲しげな顔をする運転手に、私はペコッとお辞儀をした。
「母のとった行動は、決して褒められたものではありません。そんな中、そのように言って下さり…母も報われると思います」
私の言葉にうっと泣き出す運転手。私は彼にハンカチを渡した。
「…ありがとうございます。…そのお優しいところ爽和さんによく似ていらっしゃる」
ボロボロと子供のように泣く運転手に、あぁ…この人は今でも母を思ってくれているのかと悟る。
「実はね、お見合い当日。私は爽和さんにお会いしているのです。あなたとは結婚できない…すみません、と。わざわざ謝りに来てくださって……」
母らしいと思った。そして、母もまた人の行き交うお店で、ギャン泣きするこの男のことを、恋愛ではなく親愛していたのだと知った。
「……母は…幸せだったと思います。貴方が見送って下さったおかげで、父と暮らせることができたのですから。記憶の中の母は、いつも笑っていました」
そういうと、泣き腫らした目をする男がニコッと悲しげに笑い、私の差し出したハンカチでチンッと鼻をかんだのだった。
いや、それ私のハンカチ…