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君の音、僕の音。〜梶裕貴〜

第4章 Episode3 #過去


お父様は大きな企業を設立したやり手の社長で、小さい頃から私は裕福な家庭で育ってきた。お父様もお母様も、裕福だから、と決して威張ることは無かった。家は大きかったものの、好きなものは何でも買ってくれるというわけではなく、必要最低限しかお金は使わなかった。もともと、あまり裕福ではなかったお父様とお母様は贅沢することに慣れていないようだった。

私に妹が生まれ、家庭は幸せに満ち溢れるはずだった。だけれど、ある日突然起きたお父様の発作。体が弱かったお父様はよく発作が出る。でも、その日は特に症状が悪かった。そしてお父様は………他界してしまった。

今まであまりお金を使わなかった分、我が家の貯金は十分に満たされていた。しばらくの間、会社の方はお父様がよく頼りにしていた副社長の金山さんに任せ、私が大人になるのを待った。

そして、18の誕生日を迎えた7月10日。
お母様が私に結婚の話を持ち出した。すぐにでも企業を継ぐため。分かっていた。でも、私はまだ恋愛だってしたことがない。なのに、いきなり縁談を持ち出されてもいい答えを出せるはずがない。

縁談の相手は、幼なじみの裕ちゃんだった。彼には彼で、夢があった。声優になること。私にだって、夢があった。好きな人と一緒になること。だから、お母様の持ち出した話は私と裕ちゃんの双方にとっていい事ではないと私は思った。

だから、嫌だと言った。
それでも、お母様はその答えを許してはくれなかった。だから、私は家を飛び出した。すごく幼稚なことをしているという自覚はあった。

走って走って、走り続けた。
そして、その勢いのまま道路へと飛び出した。

その時だった。

耳を劈くようなブレーキの音が聞こえたのと同時、「危ないっ!」と背中を押された。私は走っていた勢いを殺しきれず、そのまま前へと倒れ込んだ。そして、何かがぶつかり合う音が聞こえた。

慌てて後ろを向くと…………


『っ………!』

ああ、思い出した。
私に起こったことの全てを。
私の犯してしまった罪の全てを。

手になにか温かなものが触れているのに気づき、私はそちらに目をやる。

『梶くん………』

seasonのソファーに寝ている私の手を梶くんが握っていてくれている。その手の温かさに胸がつん、と痛くなった。

『ごめんね』

私は寝ている彼からそっと手を離し、seasonをあとにした。
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