第4章 Episode3 #過去
『梶くん………』
今一番会いたくない人。
「梶くんって………」
私の言葉に反応した彼が私から体を離し、後ろを振り返る。そして、驚いたような声を上げた。
「え………、え?梶さん!?」
この反応を見る限り、2人は知り合いだということだろうか。私は状況を読み込めず、ただ呆然と梶くんを見た。でも多分、ここにいる全員が状況を読み込めていない。
「梅ちゃんって、ミネのなに?」
「え?なにって……」
梶くんの声がとても冷たく感じた。いつもの柔らかで温かい声の持ち主とはまるで別人。顔もどこか虚ろで。それでいて、怒っているようにも見えた。ゆうちゃん、とかいう彼もそれを感じ取ったようだ。慎重に言葉を選びながら、梶くんの言葉に答えた。
「俺はミネの………幼馴染みです」
彼が一瞬、ちらりと私を見た。
「ミネ、本当?」
『………はい』
彼が私を見て、え?という顔をする。
『私達は小さい頃からの友達です。ね、ゆうちゃん』
「え、あ……ああ、そうだな」
私のしたいことを悟ってくれたが、どこか動揺を含んだ返事をした。私は、梶くんに隠し通す。私が記憶喪失であることを。
「幼馴染みなのに、抱きついたりするんだ?」
『久しぶりだったので。もう10年ほど会ってなかったから、嬉しさのあまりつい』
梶くんの視線が私に注がれる。出来れば、今すぐに逃げ出したい。何かを観察するかのようにじろじろと見られ、足がすくんだ。
「ふぅん。なら邪魔者は消えるよ」
自嘲気味に笑いながら言った、どこか刺々しい言葉に一瞬ひるんだけど、ここに来たからには梶くんにだって何か用があったはずだ。
『いえ、大丈夫です。梶くんこそ、何か用があったのでは?』
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【梶裕貴side】
抱き合っているのを見た時、俺の中に嫌な感情が流れ込んできた。誰も悪くない。誰も悪くないのに、なぜかとても腹立たしい。誰も悪くないんだ、と思えば思うほど怒りが募っていく。
幼馴染みだ、と聞いた時、とても嬉しかった。彼女の恋人じゃないんだと分かったから。
でも見方を変えれば、2人は抱き合うほどに仲がいい、ということだ。そんな梅ちゃんに俺は勝てる?彼女の中で、俺なんてどうせちっぽけな存在なんだ。
「はあ………」
こんな器の小さい俺が、俺は大嫌いだ。