第4章 Episode3 #過去
「ミネ、お前………もしかして────」
彼がごくりと息を飲み込む音が聞こえた。それが、この場の雰囲気を引き締めたように感じた。
「記憶がないのか?」
彼がありえない、といった顔で私に返事を促す。否定を期待している顔だ。でも、ごめんなさい。
『………はい。私には昔の記憶が一切ありません』
そう言った時の彼の傷ついたような顔を、私は一生忘れられないだろう。ひどく、泣きそうな顔だ。
「うそ……だろ?」
私は彼から眼を逸らしたかった。辛い。辛いんだ。私の知らない人が私に絶望するのを見るのは、とても苦しい。今までも何度かあった。私の同級生が来たこともあった。でも私は知らないから、人違いです、と冷たく言うことしか出来なかった。それだけでも苦しかったのに、今、私が記憶喪失だということを知って、絶望している人が目の前にいる。私の中から罪悪感が溢れてくる。だって私には、彼と共有できる思い出がひとつもないのだから。
『本当です。私は18の時、記憶喪失になってしまいました』
私は淡々と言った。
本当はすごく泣きそうだ。私の中にある罪悪感に呑まれてしまいそうで、とても苦しい。
でも、それ以上に彼の方が辛いに決まっている。だから、彼が泣いてしまうことはあっても、私が泣いてしまうことはありえないんだ。
「ミネ」
彼は私の名を呼んだ。
とても悲しさに溢れたように。
そして彼は私を力いっぱい抱きしめた。
『あ………』
私は思わず声が漏れた。
だって、
彼の肩越しに、梶くんが店にいるのが見えたから。