第1章 Episode0 #すべてのはじまり
梶さんが着替えている間に、ふらふらと手洗い場に向かう。顔を洗わないと。
突っ伏して寝ていたせいか、鏡に映った私の顔には寝跡がいっぱいあった。早く取れるといいんだけど……。
冬の冷たい水で顔を洗うと、途端に目が覚める。肌が突っ張ったような感じに何だか違和感。
『梶さーん、着替え終わりましたー?』
私は病室に戻るなり、カーテン越しに梶さんに声を掛けた。この病室は梶さん以外の入院患者かいないからか、自分の家に近い感覚になっていた。
「あ、はい!終わりました」
急に声を掛けられて驚いたのか、彼の声が少し詰まる。
声優……。
声のお仕事か……。
確かに良い声をしている。
本当に今更だけど、今、そう思った。
どこか安心感があって、落ち着く声。
彼の声はなぜか耳にすんなり入ってくる。それどころか、直接頭に響くような、さも当たり前かのように私の中へと届いてくる。
私がカーテンを開けずに黙っていることを不思議に思ったのだろう。彼がカーテンを少しだけ開けて、私の様子を伺う。
「どうかしましたか……?」
その言葉で、ぼーっとしていた頭が一気に活動し始める。
『い、いえ!それより、今日が退院予定なんですけど、退院出来そうですか?』
不自然に思われなかったかな。
その事で頭がいっぱいだ。
「ああ、もちろんです。熱も下がりましたし……」
そこで梶さんの言葉が途切れる。
そして、どこか困ったように眉をひそめる。
『あの、どうかされました?』
私の問に少し苦笑いを浮かべる。
「俺のケータイに電話来ませんでした?」
『あ、はい。マネージャーさんから』
それを聞いた途端に梶さんの顔から、全ての表情が取れて、無になる。