第14章 兄と弟。・:+°信長、家康。・:+°
天主の襖一枚隔てた向こう・・・
先程天主から出たはずの家康の姿。
信長様は何を話すのだろう・・・
夕霧に聞かれたくない話をしていないかはもちろんだが、何となく信長が自分の事をどう話すのかが気になって仕方なかった。
聞き耳を立てているうちに幼い頃の記憶が甦ってくる。
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「竹千代。」
「はい。」
「俺から剣術を教わるのは嫌か。」
「いやです。」
「政秀にでも教わるか。」
「そうではなくて・・・」
「なんだ。誰ならいいのだ。」
「かたなをふるうのがいやなのです。」
「では誰よりも強くなれ。」
「そうではなくて・・・!」
「竹千代。」
信長は静かに名を呼ぶ。
「この世は戦わねば自分の思いは通らん。」
「・・・」
「貴様の国を守るのも力がなくては出来ん。弱いから人質にならねばならん。」
「!!!」
「例え刀を振るいたくなくとも今の世ではそれが適わん。それを成し遂げたければ強くなれ。」
「のぶながさま・・・」
「大望は力がないと成すことは出来ん。」
「強くなれ。竹千代。」
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家康はクスッと口元を緩ませる。
昔から滅茶苦茶な人だった。
でも、幼い頃出会った信長は既に己の大望を見据えていた。
強くなれ・・・か。
まだ幼い俺には分からなかった。その意味が。
今ではその意味がよく分かる。
織田家に人質として来たあの日から、信長様は俺を弟の様に扱ってくれた。
俺の中でも今でも大切な兄上だ。
思い耽っていると、襖越しにまたボソボソと声が聞こえ始めた。
「今川と織田の人質交換で今川の手に渡ったが、桶狭間で家康を自由に出来た時安堵した。俺の中では今でも大事な弟だ。」
頬を暖かいものが伝った気がしたが気のせいだ。
それを袖でごしごしと拭いてから踵を返す。
こみ上げる暖かいものを感じながら家康は天主を後にした。