第5章 夏の暑さと恋模様
あれよこれよと考えていたら、体育館に着いてた。
遅くなっちゃったな…
そっと中を覗けば、
凛とした姿勢でお稽古をしている斎藤先輩の姿があった。
思わず見とれてしまう。
少しくせのある長めの前髪が片目にかかっていて、それを気にすることなく前を見つめる濃紺の瞳。
無駄のない綺麗な所作に、私はその場から離れられなかった。
ふと…斎藤先輩が動きを止めて、私がいる出入口に目を向けた。
はっ…のぞき見なんてしてたから…私ったら…
「…雪村か。何故そのような場所にいるのだ。中へ入ればよいものを。」
少し微笑んだ斎藤先輩は、いつのまにか出入口まで来ていて、ガラガラと開けて私を体育館の中へ招いてくれた。
「すみません。遅くなっちゃったので、覗いたら…」
見とれてしまいました…なんて言えない言えないっ。どうしよう。
「入りずらかったか。すまない。」
違うんです。入りずらかったんじゃないんです。
「今日も…来てくれたんだな。」
斎藤先輩が少しぽっと赤くなったような気がしたけれど、すぐに鋭い顔になって、
「では…後少し、稽古を続ける。」
と、お稽古に戻って行った。
斎藤先輩が話す一言一言にドキドキしてしまう重症な私。
こんなに近くで…斎藤先輩のお稽古姿をひとり占めできるのは、今日が最後。
テストは大変だけど、とっても楽しいテスト期間だったなぁ。
お稽古を終えた斎藤先輩に、タオルを渡す。
今の季節、体育館はありえないほど暑い。
斎藤先輩はそれでも涼しい顔をしていて、汗なんてかいてないようにも思えた。
続けて、麦茶を渡す。
斎藤先輩は「すまない」と一言言って、麦茶を飲んでくれた。
少し微笑んでくれてるような優しい目で、麦茶を入れたボトルの蓋を持った私を見下ろすと、
「あんたを一人占めできるのは今日が最後か。」
と、ぽつりと言った。
「え?」
と、間抜けな顔をしてしまう。
そして、私はみるみるうちに顔に熱がのぼるのがわかった。
そんな私に、
「あんたがこの三日間来てくれてうれしかった。ありがとう。」
と、真っ直ぐな目で言ってくれるものだから…
「い、いえ、私こそ…」
と、小さな声が出た。
真っ直ぐ私を見つめた斎藤先輩の顔が少し赤い気がする。
言ってくれた言葉の意味に、私のような恋心はないのだろうけど。