第3章 3
「あのー、何ていうか、今更なんですけど」
「はい?」
「お姉さんの名前きいても良いですか、っていうか、お姉さん、絶対俺より年下ですよね?」
「あ、年下です、一応」
「そっか、いや、ですよね、前に聞いたかも」
「敬語使わなくても良いですよ、MOMIKENさん年上ですし」
「いや、まあ、それはその内ってことで」
その内、なんてあるんだろうか。
私はまだ、懐疑的だった。
「名前はです」
「さん」
「はい」
「可愛い名前」
「そうですか?」
「さんが綺麗なひとだから余計にそう思うのかもっすね」
「また、ナンパして、」
「ナンパなんかじゃ」
「ファンなんですから、私」
「……………」
「……………」
また訪れた沈黙に、心が重くなる。
それとは反対に、暗闇に慣れてきた目が、少しだけ見えるようになってきていた。
彼は少し俯いて、さらりとかかった前髪で、表情は、見えない。
けれど少し寂しそうに、見えた。
繋いだ手はしっとりと濡れている。
夏も終わると言ってもまだ9月。
密室で空調も止まってしまったエレベーターの中は蒸し暑い。
どちらともなく離した手のひらは、もう一生繋ぐことがない、そんな気がした。