第5章 ● 36.5℃の幸せ
(──……孝支、くん、)
そこからは、まるで映画のワンシーンのような。世界から音が消えて。
急いた都会の雑踏のなか。
私たちの時間だけが、そろり、そろりと、スローモーションで過ぎていく。
ぶつかる、視線。
ぱちくり、瞬き。
お互いの視界にとらえたその姿が幻ではないことを理解するまで、一体、どれほどの時間を要しただろう。
ああ、やっと。
やっと会えた。
会えたんだね。
孝支くん、……あなたが見えるよ。
瞬間、世界が音を取り戻した。
同時に駆けだす爪先。
ゆっくりだったはずの景色が、私たちと同じスピードで走って走って走って。
もうあと一歩で彼に抱きつけるという位置まできて、寸前で思い留まった。
見つめ合い弾ませる肩。
どちらも、何を言うでもなく。
今すぐに抱きついちゃいたい。でも、周囲の目があるし。このまま彼の胸に飛びこんじゃいたい。でもでも、孝支くんは人前でいちゃつくのきらいかも。だけど、だけど、やっぱりどうしても抱きつきたいの。
ぎゅ、って、してもいい?
っ!
おず、と彼を見上げた瞬間だった。
ぐいって腕が引っぱられて、とすん。孝支くんの胸板におでこが当たる。直後にぎゅううって男の子の腕力を感じて、ようやく。
彼に抱きすくめられたのだと知った。