第5章 ● 36.5℃の幸せ
転がるようにして降り立った東京駅は、驚くほどに静かだった。いつもの喧騒が嘘のよう。
ちらほらと見える人影。
出張へ向かうサラリーマンだろうか。ビジネス用のキャリーを引く横顔は、随分とやつれて見える。オトナは大変だ。
「Oh,my goodness!」
「How beautiful!」
「ka-chow! ka-chow!」
ええと、こっちのは何だろう。
右手前方の群衆。
数人の外国人観光客が喜々として写メを撮りまくっている。しかも超ハイテンションで。
そこ、トイレだよ。
んん、なぜトイレ。
わからない。
きっと彼らにしかわからない感動がそこにあるのだろう。たしかに日本のトイレはビューティフルだもんね。うむ。
ちょっと不思議な光景を横目に見つつ、早朝の駅構内を小走りに。
通路のまんなかを堂々と走っても誰にもぶつからないなんて、ビバ早朝だ。普段からこうならいいのにね。
迷路よろしく張りめぐらされた地下通路を抜け、長い長い階段を駆けあがる。
すると見えてくる、目的の場所。
弾む、息。
滲んでしまいそうになる汗を女子力と根性で引っこめて、どきどきとうるさい心臓を深呼吸で撫ぜつけた。
東京駅──
高速バスターミナル
躍るリアルな文字に、募る緊張。次々と滑りこんでくるバスたち。深呼吸の効果なんて、無いに等しくて。
どきどき
どきどき
鼓動だけがいつまで経っても駆けていた。この数時間で一生分のどきどきを消化しちゃうんじゃないかと、本気でそう思った。
一台、二台、エトセトラ。
多種多様なカラーリングの車体が眼前を過ぎていく。
バスが到着するたび、雪崩のように人が流れて。心臓が口から出ちゃいそうなまま、幾人を見送ったときだったか。
ふと、──最愛の白銀を見つけた。