第4章 ● 重なりゆく空
【夕璃?】
その、ひと言を見ただけで。
孝支くんが私の名前を呼んでくれただけで、歓喜のあまりぶわわって涙が滲みだす。
えっと、なんてお返事しよう。
A.なあに?
B.どうしたの孝支くん
C.スタンプで返す
いやどれも微妙な気がする。
ので、選択肢はパターンD。
ちなみに通知からここまで0.5秒。梟谷名物その39(赤葦の物真似)である。
【はい!】
そうこうして、とても悩んだ末にやっと送信した返事がこれだった。
まるで小学生の点呼である。玉北夕璃さん。はい元気です!のノリである。
うまくいかないなあ、って。
もっと、こう、孝支くんの前ではスマートかつ可愛らしく振る舞いたいのに。好きって気持ちが大きすぎて、全然うまくいかないんだ。
恋愛はむずかしいね。
【ははっ! はい、とてもいいお返事ですね夕璃ちゃん……じゃなくて、ごめん、起こしちゃったな】
それに比べて孝支くんのスマートさときたら。
あほの子みたいな私の返答にもちゃんと乗ってくれるし、更には優しい気遣いまで。
いつだって紳士で大人な彼のおかげで冷静に戻った私は、自分の醜態に多大な恥ずかしさを抱きつつ返信を綴った。
【ううん、起きてたから大丈夫だよ。なんだか眠れなくて】
【そっか、よかった】
文字から伝わってくる彼の安堵。
ほっ、と胸を撫でおろしている姿を想像する。
ふと時刻を確認すれば4:30。
孝支くんも眠れぬ車中を過ごしてたのかな、なんて。これは私の願望だけど。
改めて彼から連絡がきた喜びを噛みしめて、さて、どんなお返事をしようかと考えていたときだ。
ぽこぽこっ
またも聞こえた通知音。
増える彼側の吹きだし。
【なあ、いま、夕璃の空はどんな?】
書かれていた文字に誘引されて窓辺へと歩を進めた。
見やる空はなんとも美しい。
各々の高さを競うようにして背比べをするビル。その向こうに、穏やかな陽光の気配。
淡墨から明黄へと移ろいゆくグラデーションに瞳を奪われて、……きれい、ぽつんと呟いた。