第3章 ● ハートビート・イヴ
ぷかり、浮かぶしゃぼんは泡沫の。
熱めに沸かした湯船。
入浴剤はカモミール。
口元まで浸かって想うのはもちろん彼のこと。母が妙なことを言ったせいで、変に意識しちゃって。
何回洗ったって大して変わらないのに何回もシャンプーをした。トリートメントもいつもより長めに時間を置いた。
絶対に壊してはならない男子の幻想を守るための努力も、もちろん完璧。剃刀負けもゼロ。肌触りすべすべである。うむ。
のぼせる直前の午後10時。
ついつい長風呂になってしまったので夜ごはんはサラダだけにして、ビーフシチューは我慢した。
普段なら「せっかく作ったのに!」と憤慨する母も、今日ばかりは「むくんじゃうものね」と協力的だ。
「ひと味違う濃密リップ──
夏の新ルージュで、恋をして」
自室に戻ってドライヤーを当てながら、なんとなくテレビを眺めていた。
流れるコスメのCMが目に留まり、途端、胸がソワソワと騒がしくなる。
唇のケア、忘れてた。
そっと触れてみる。
う、わ、カサカサ。
このままでいいはずもなくて、慌てて取り出したるはリップスクラブ。砂糖が原材料のマッサージクリームだ。
適量を唇にのせて、指でくるくる。
もしかしたら彼が触れてくれるかも。なんて。淡い期待を抱きつつリップラインを擦っていく。
傷つけないように優しくコットンで拭きとって、仕上げには桃の香りがする保湿バームを。
そうすれば、ほら。
うるつやリップの完成だ。