第1章 ● はじまりの唄
気を取り直して見つめたのは空ではなく、街の夜景。
木兎は木兎のくせにとても良いマンションの高層階に住んでいるものだから、ベランダから臨むパノラマはなかなかの絶景なのだ。
眩いネオンを見つめて、想う。
彼が会いにきてくれたら、どんな場所へ行こう。どんな景色を一緒に見よう。きっと何をしても楽しいよね。
だって、会えるだけで奇跡だもん。
「私、いい子にして待ってるね」
織姫さまみたいに、だなんて、それは恥ずかしくて言えないから秘密のお話。
だけど、孝支くんが彦星さまなのはほんと。移動手段は牛車じゃなくて、新幹線か夜行バスかな。
会いに来てくれるんだ。
彼にまた、会えるんだ。
考えただけで心が疼いて、言葉じゃ表現できないむずむずが全身を駆けめぐる。
「ありがと、孝支くん。だいすきっ」
無意識に飛び出した「すき」の気持ちは、晴れ晴れとして。変な気恥ずかしさとか、そういうのは不思議と感じない。
『ははっ、俺も、……俺も大好きだよ』
ちょっとびっくりしたような声で笑んだ彼。すぐあとに繋いでくれた『大好き』は、艶やかな色香を孕んでいるようだった。
彼が時折見せる男の顔。
柔らかな第一印象からは想像もつかないほどの凛々しさ。コートに立ったときと、私に愛を囁くとき。
改めて目の当たりにする彼の魅力に惚れ惚れして、ついつい頬がふにゃけてしまう。
空いているほうの手を綻んだ頬に当てて、脳内はお花畑状態。端から見たらただの不審者レベルでにやにやしつつ、彼とバイバイの挨拶を交わす。
『そしたらまた、連絡すんなー! おやすみ、夕璃』
「ん、わかった! おやすみ、孝支くん」
彼がスマホを耳から離した気配がするまで待って、なるべくそおっと切電ボタンをタップした。