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君が笑う、その時まで

第26章 逃げ足とメガネ


 それに、正直ここには来たくなかった。

 理由はいろいろあるが、大きな要因としては知り合いに会うのが怖いからだ。

 海常の笠松さんと同様、それなりに付き合いが長くお互いの性格は分かりきっている。

 それでも、否、だからこそというべきか。
 
 実力は申し分ないのだが、掴み所の無い表情に隠した本心が一切読めない彼のどす黒さと言ったら――


?「誰がどす黒いて?」
伊織「!!?」

 直後、耳朶に生あたたかい息が吹きかかる。
 ぞぞっと皮膚が一瞬にして粟立ち、咄嗟に身を引く。

 しかし私が離れた距離と彼の腕の長さとでは明らかに後者の方が有利であったため逃亡は失敗し、すぐさま肩をがしっと掴まれた。

?「自分、心の声ただ漏れやで」

 振り向けば、にっこり笑う顔と対峙した。

伊織「い、今吉さん……何の用ですか?」
今「それはこっちのセリフや。自分何してんねん」
伊織「いや…たまたま近くを通りかかったのでちょっと練習を見ていこうかと」
今「ふぅん?」

 そう言う今吉さんの表情は相変わらずニコニコしている。
 そのわりに、何というか……圧迫感みたいなものはさっきよりも増している。

今「わざわざ見に来たんなら声くらい掛けてほしかったわー、伊織?」

 ハッキリ言ってこの状況はまずい。

今「ワシに会ったら何かまずいことでもあるんか?」
伊織「ははは。まっさかー」(棒読み)

 ええ。ものすっごく面倒なことになるんですよ。――なんて言えるわけがない。

 必死に作り笑いで間を持たせている今も、今吉さんは表情を崩すことなく私の顔を覗き込んでいる。

 そして、ほう、と溜め息を吐く。

今「自分、嘘はアカンで」

伊織「っ~~~~~~~!!」

 皮膚に食い込む彼の指圧に、言葉にならない悲鳴が漏れた。
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