第8章 知らない方が幸せです、の段。
翌日も椿は食堂の手伝いの後、小松田さんがぐちゃぐちゃにした書類の整理整頓を終えてから忍術学園の門扉前に立った。
「今日も落ち葉でいっぱいだな」
竹箒を握り締めて椿は早速掃除に取り掛かる。
はらはらと落ちてくる葉にキリがないな、と辟易し始めた頃だった。
「「「椿さーーーん!!!」」」
幼い声に振り向けば、走ってくる二人…いやまだ後ろにしんべヱがいるので三人の姿が。
となると必然的にその後ろには、穏やかな表情で三人を見守る土井先生。
「おかえりなさい!」
パッと花の咲いたように椿の笑顔が溢れる。
枯れ葉集めで鬱々としていた気分は一瞬で吹き飛んだ。
ようやく帰ってきた土井先生をしっかりと目に焼き付けるのだ、と瞬きすら惜しく思う。
たまに忍び装束で顔も薄汚れたまま帰ってくるときがあって、そういうときは中々大変な『課外授業』だったのだとしんべヱや喜三太が話してくれる。
二人の話は突拍子もなくて、まさかそんなと思うことも多いけれど。
いつか、出席簿やチョークケースで戦う土井先生を見てみたい。
「長旅、お疲れ様でした」
「ありがとう。いつものことだけどな…はぁ、また授業が遅れる…」
困ったようにため息をつく横顔にどきっとする。
しゅっとした顎から首元にかけて見え隠れする男の色気にあてられて、椿は咄嗟に一歩踏み出した。
「私にお手伝いできることがあれば何でも言って下さい!」
そんな椿の必死な様子にくすりと笑みを零して、土井先生は「そう言えば…」と懐から包み紙を取り出した。
「ちょっと大きな町に行ってきたから。これを椿くんに」
「えっ」
「いつもありがとう。これ、椿くんが縫ってくれたんだろう?」
小さなほつれが数カ所あった土井先生の数少ない私服を、椿は洗濯のついでにつくろっていた。
山田先生の奥さんが息子の利吉さんとお揃いで作ったものらしく、土井先生はそれを大切に着ている――というより、無頓着でそればかり着ている…いや、お金に余裕が無いからかもしれないが。