第1章 後悔はいつでも後からやってくる、の段。
一番得意である針仕事がまだ残っていたので、椿は迷わずそれを選んだ。
大嫌いなドブ掃除は炊事担当か掃除担当のどちらかに含まれているはずだ。
今回は騙されてパート勤務せざるを得ない状況になっているが、それ以外でもパート自体は幾度も経験がある。
炊事は最も人気がある担当部署なのだが、たまに排水溝を最も詰まらせるのが炊事場だからとドブ掃除だけは炊事担当にやらせる城があったのだ。
「えっと…この池を右手にまっすぐね…。あ、こっちが寮か」
常勤の女中は住み込みか通いか選ぶことができるが、特に繁忙期…つまり戦が近い時期になると臨時募集する非常勤の女中は全住み込みだ。
自分の寝泊りする寮の位置を確認してから、椿は衣装部屋へと向かった――。
そしてその日の勤めを終えた夕方。
椿は傷心を引きずったまま寮へ足を踏み入れた。
掲示板に張り出された部屋の割り当てから自分の名前を探し出し、同室者の名前を見てみれば。
(伝子…ん? 伝子さん?)
それは忘れようとしてもできない強烈なインパクトのおばちゃんの名前だった。
初めての女中の仕事は掃除だったのだが――ついでにこれが初めて男に騙されたときである――、そのときしくしく泣く椿を慰めたり、色々と教えてくれたのが女中暦三十年だけど二十歳(と言い張る)の伝子さんだったのだ。
戦が始まる前にちょっとした騒ぎがあって、伝子さんはいつの間にかいなくなっていた。
どこに消えてしまったのだろうと思ったけれど、誰もその行方を知る人はいなかった。
伝子さんはおそらく40代後半くらい。
髪はサラつやストレートだったので、もしかしたらもう少し若いかもしれない…。
とても毛深いようで髭剃り跡と脛毛の剃り残しが気になると思いつつ、椿は何も言えなかった。
彼女のドアップに何度心臓が止まる思いをしたか。
(…同じ部屋ってキツいな…。いや、でも同じ名前ってだけだし…違う人かも)
ほんの少し朝が弱い椿だが、あの顔で毎朝起こされるとなれば心臓がいくつあっても足りない気がする。
「失礼します。同室の椿です」
戸の前で声をかければ、中々「はぁ~~い」と返事があった。