第1章 第一話
産まれてこのかた、私の色相は濁ったことがない。それ故に、やれ薄情者だの偽善者だのと言われてきたが、前述の通り、私は他人からの評価など気にしない。色相が濁らないことは良いことだというのに、なぜその他人のためにいちいちストレスを溜め込んで、汚い色に染まらなければならないのか。
他人に振り回されるのはごめんだ。親や教師など、媚を売って損にならない人間に対してはそう思わないが、同い年で私より頭の悪い奴らにとやかく言われると、とんでもなく腹が立つ。
お前の頭と私の頭、どちらが上か言ってみろ。と、若かりし頃(小学生時代)に激情のまま言い放って相手を泣かせたこともあった。
それ以降は色々と学んで自信過剰な発言は控えたが、あれはベストオブ黒歴史だ。思い上がりも甚だしかったと、自分でも思う。だがしかし、あの発言内容が間違っていたとは今でも思わない。
私くらいの秀才は、どこにでもいるのだ。それこそ一クラスに一人は必ずいる、平凡な優等生だ。私の場合はそれに加えて、性格に難ありと診断されるだろうが、それ以外はいたって普通だ。なんてことはない。
ただ人と目線や見方が違うだけで祭り上げられるのは非常に不愉快である。それに、能ある鷹は爪を隠す、と大昔の諺にもある。
能ある鷹。それで私が思いつくのは、あの白い男…槙島聖護だ。第一印象が強烈すぎて、槙島の顔も、声も、微々たる動きすら一つ一つ憶えている。鮮やかな光を宿したその瞳の動き、あれを思い出すと、無意識に肩が強張ってしまうほどに。意識して深呼吸をしなければ、きっと私は恐怖で窒息死してしまうだろう。
例えば、そう。森の中で凶暴な野生動物に遭遇した時だ。鋭い牙や低い唸り声、じりじりと迫りくる前足。安全性の確保されたペットではない、弱肉強食の世界を生きる肉食獣。
そんなものの目の前に立たされた非力な動物は、成す術もなく食いちぎられ、骨を砕かれ、恐怖に全身を震わせながら息絶えるのだ。
槙島聖護の前に立った時、私はおそらく、それと同じ心理状況にあったのだろう。
喰われる。殺されてしまう。槙島と目を合わせ、言葉を交えたとき、私は確信したのだ。
この男は。この男は無垢な笑顔のまま、人を殺すことの出来る人間だ、と。