第1章 第一話
下に降りると、そこには母おらず、家庭教師とやたら白い男がソファに並んで座っているだけだった。こう言うのはなんだが、タスマニアデビルと白い男の、その…出来の良し悪しが酷いと思う。同じ人間でここまで差が出るのか、と目を見張る程度には、酷い。
髪も肌も白いその男は、私を見て柔和な笑みを浮かべると、立ち上がって挨拶をする。
「はじめまして、朝霞ちゃん。僕は槙島聖護です」
「…はじめまして」
金色の目だ。それだけが、彼の持つ色だった。日焼けを知らないような肌や、艶のある絹糸のような白い髪が、表面上の純潔を演出している。
「座りなさい」
父が、彼らの向かいにあるソファに腰掛けながら言った。私は凍りついたように感覚の鈍い脚をそろりと動かして、その隣に座る。できるだけ、白い男とは目を合わせないようにしながら。
男が立ち上がり、その目が私をとらえた瞬間、私の背筋に原因不明の怖気が走ったのだ。
警告。この男は常人ではないと、私の直感が告げた。
動きにも、目線にも、何一つ不自然なものはないのに、この男に近づくのは危険だと直感した。私は別に、勘が鋭いわけではない。だから、何が怖いのかと聞かれても答えられないが、それでも怖いと思ったのだ。怖い―――恐ろしい、と。
「明日から、お前の家庭教師は彼にしてもらう」
「えッ…」
これほど絶望的な気分になったことはない。この男と一部屋に押し込められて勉強など、とても出来る自信がない。が、そんなことを言えるわけもなく、次に口から出たのは「そうですか」という肯定だけ。
その後は私の苦手科目等の話をして、タスマニアデビルに平べったい謝辞を言ってお開きとなり、その男と家庭教師は帰って行った。
私は話の間中、「はい」「いいえ」の二つしか言っていない気がする。とにかく男と目を合わせまいと必死だった。そのことに、気づいたのは白い男だけだろう。彼は何も言わなかったが、わざとらしく私に会話を振ってきたあたり、絶対に気づいている。
来年は自由だ、と思っていたのだが、その来年まで私の色相が曇らないか心配だ。
まぁその心配は、おそらく杞憂となるだろうが。