第1章 第一話
私の自室は、下と比べて冷え込んでいた。私は暖房をつけず、木製のワークデスクの前に立つ。ノートパソコンはスリープ状態のまま、椅子も出て行ったときに引いたままだ。私はそこに座り、パスワードを入力してファイルを開く。
黒と青、シュビラの象徴ともいえる秩序の色。だが内容は、反社会的なものからただの暇つぶしの様なものまで、多種多様なお題が掲げられている。
「日本解体を助長する犯人を羅列してみた」
「シュビラシステムの狂信的な崇拝者こそサイコパス」
「色相チェックの抱える根本的な問題」
「日本人としての誇りについて語ろう」
「僕の夢は今の日本社会を壊すことです」 etc...
社会的に見ればくだらない議題なのだろうが、私からすれば表だって話すことなどできない面白いものだ。特に、シュビラシステムに関するアンチやヘイト的発言などは、読み応えがある。
こういったところに日頃の鬱憤を吐き出すことも、色相安定につながるのだろう。
色相とは、生体反応の計測値…いわゆる心理状況を、わかりやすく「色」で表すことだ。心が健全でありさえすれば、その色は綺麗な状態を保てる。が、善からぬことを考えていると、それはどんどん汚い色に変わっていく。
通常は。
このサイトが一体どうしてシュビラの目につかないのかは疑問であるが、閲覧するだけの私にとっては些細なことだ。気にする必要はない。
私は並べられたスレッドを流し読みして、父が呼びに来るまでの暇をつぶす。大人二人の会談が終わった後は、私も交えての反省会だ。ここが悪いだのここを集中してやれだの、言っても詮無いことばかり。私はこれ以上成績を上げるつもりはないし、これ以上彼らの機嫌を取るつもりもない。
足音が近づいてきた。私はサイトから出てパソコンを閉じ、シャープペンシルを持つ。机の上に置いていた参考書と書きかけのノートを開き、目についた問題を解く。
背後に落ちた三回のノックに返事をして、背もたれ越しに振り向いた。
「下に来なさい、朝霞」
品の良いバリトンボイスが私を呼ぶ。それに逆らう気も起きず、私は作りなれた笑顔でそれに従った。