第5章 大人になるということ
ゆっくりと、
まるでスローモーションを見ているように、
智くんが、近づいてきて、
そっと俺にキスをした。
それは、ふんわりと温かくて、
ちょうど川から吹いてきた風みたいに、
優しくて、自然なキスだった。
一度少しだけ離れて、
俺の顔を見てから、
おでこをコツンとぶつけて、
「....翔くん...大好きだよ..」
そう言って、またそっと唇を重ねてきた。
ドキドキして、どうにかなってしまいそうで、俺は、自分から離れて俯いた。
赤くなってる顔を、
見られたくなかったんだ。
すると、智くんは、
「上書きだよ...?パソコンも、後から重ねて文字を打つと、前のは消えちゃうでしょ?
だから、先輩にされたのは、もう消えたんだ...」
何も言えず俯いたままの俺に、
「...嫌だった?...」
と、智くんが俺の顔を、覗き込んだ。
「.....嫌...じゃ、なかった...」
不安そうな顔をした智くんに、
そう答えると、
「よかったぁ~《*≧∀≦》」
と、ふにゃっと笑って、
智くんは、俺のことを抱き寄せた。
松岡先輩にされたときは、
あんなに嫌だったのに、
なんで智くんは、いいんだろう?
智くんが、ゆっくりと離れていくのを、
むしろ淋しいって...
そう思っている自分が、
不思議だった。
「翔くんが、ホントに好きな人とキスして、俺のことを上書きしちゃっても、俺は、ずっと、忘れないよ...」
そう言って笑う智くんの顔が、
何だかすごく寂しそうに見えて、
「俺だって、忘れないよ...」
と、今度は自分から、近づいて、
触れるか触れないかのキスをした。