第5章 大人になるということ
何で、どうして??
その場で聞きたかったけど、
周りの人は誰も気づいていないようだし、
そんなこと言えなくて...
俺はトイレに行って、唇をごしごし洗った。
...どうして?松岡先輩...
唇を何度も強く洗っても、
その感触がいつまでも残っていて、
俺は悔しくて、涙が出そうになった。
その帰り道。
斗真が用事があるというので、
一人で帰ろうとしていると、
俺のところに松岡先輩が来た。
「櫻井...さっきはごめんな...」
「......」
「俺さ、櫻井のこと、ずっと可愛いなって、思ってたんだ...だからさ、...俺と付き合ってよ!」
「付き合う?...そんなの...」
「返事は今じゃなくてもいいよ~...考えといてよ」
「いや、あの、俺」
「じゃあ、また...」
俺が返事する前に、先輩は走って行ってしまった。
......今じゃなくたって、ってさ...
考えたって、答えは同じだよ...
『付き合うわけない』
男同士だし、そんなこと、松岡先輩に、
思ったこともないし...
俺が、下を向いて歩いていると、
「翔くぅ~ん!!」
誰かが俺のことを呼んでいる...
...智くんだ!!
帰り道で、俺は久しぶりに智くんに会った。
智くんも声が少し擦れていて...
何だか、智くんじゃないみたいだった。
「久しぶりだね~翔くん♪元気だった?」
「...うん...」
智くんは俺が浮かない顔をしているのに気付くと、
「どうしたの?何か、ショックなことがあった、
って、そんな顔してるよ...フフフッ」
智くんの笑顔に、俺は何だかドキドキした。