第5章 大人になるということ
帰りの車の中で、
「三宅先生からは、患者を預かったりしている仲だから、心配しなくても大丈夫だ。
今度、学会で会うだろうから、謝っておく...」
「...はい...」
黙って俯いている俺に、父さんは、
「気にするな...喧嘩することもあるさ...
俺もお前くらいの時、上級生殴って、
親父と謝りに行ったこと、あったな...」
そう言った。
「えっ、父さんが...?」
「なんだ...父さんだって、最初から大人だったわけじゃないからな~...」
父さんは、愉快そうに目じりのしわを深くして笑った。
「それより、翔。お前いつからパパっていうの、
止めたんだ?...俺も年を取る訳だ...」
......
俺のために頭を下げてくれた父に、
ごめん、って...そう言わなきゃいけない、
分かっていたけど、どうしてもうまく言えなくて、
その後ずっと、俺は下を向いたまま黙っていた。
素直になれない自分が、悔しくって、
嫌だった。
小学生の時、ほとんど家にいなかった父、
学校の参観日も、運動会も、
いつも来ると言っていても、
直前でその約束はキャンセルされた。
そんな父親に、失望し、
いつしかなんの期待もしなくなった自分。
今になって思い出すと、
サッカーを始めたと知って、
ボールとシューズを買ってきて、
置いておいてくれたのは、父だった。
自転車が小さくなったな、と思っていたら、
新しい自転車が届いていたりした。
......忙しい中で、
精一杯父親らしいことをしようとしてくれていた。
......その優しさに気付かず、
反発して、顔も合わせず、口もきかなくなった。
......謝るのは、きっと今だ...
でも......
この時の俺は、何て言ったらいいのか、
探しても探しても、言葉が見つからなかった...