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そうして君に落ちるまで

第6章 まずは触れてから考えよう2(コムイ)





そもそも室長と2人きりの時間がなかったので当然といえば当然だが、ただ並んでのんびりと話すのは久々な気がした。

他愛もない会話をする中、室長が「みんなのところに戻らなくていいのかい?」といつ言ってくるかと少しの不安がよぎる。

みんなと飲み会をするのはもちろん楽しい。
今日だって室長と話すのに間が空いていなかったら「先に戻ってますね」なんて言って酒の席に戻ったかもしれない。でも今は、2人きりでのんびりと話すこの時間に浸りたかった。

だから私も、「みんな下で飲んでますよ?」とは言わない。

恋心を自覚する前なら、もう少し近づいて腕くらい組みたいところだが、実際室長を前にすると、なんだか今はそれが憚られた。柵に乗せた互いの腕の隙間の5センチを詰める勇気がなんとなくでない。ここ数週間にできた心の距離を示しているかのようにも思える。

でも、この付かず離れずの距離がなんだか今はちょうど良かった。

気づいてしまったから。
今はもうきっと、この手に抱かれてもキスをされても、それは気持ちを伴わないものだと、寂しくなってしまう。身も蓋もないが本気じゃないからこそ容易に触れ合えたんだな…


「くしゅっ」と小さなくしゃみがでる。

日中ならまだしも夜風が吹くこの場所は自分には少し寒い様で、体の芯の部分が冷えている様な気がした。

「大丈夫?あぁ…白衣を脱いでこなければ良かったな…」
「大丈夫です。少しムズムズしただけなので」
「そう?」

こちらへ向き、心配してくれる室長に笑顔で応えれば困った様な顔で笑みを返してくれる。

上着でも着てくれば良かった。
そうすれば以前の私ならただ手を広げて、室長も笑って迎え入れてくれることに気づかずにいられたのに。

前の私たちと比べて、今の私たちの距離はぎこちなくて不自然だ。当然、室長もそれを感じているはず。

このまま、このまま何事もなかった様にただの上司と部下に戻っていくんだろうか?

勝手に好きになって、勝手に距離を置いて、勝手に気まずくなってる癖に、それは嫌だと思う自分の身勝手さが嫌になる。

鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなる。
いやだ。絶対に泣きたくない。そんなのズルすぎる。


「室長」
「ん?」

艶のある黒髪が風になびく。
息を吸えば冷たい空気が肺へと流れた。



「好きです」


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