第3章 まずは触れてから考えよう(コムイ)
「えっ」
わからない。
どうしてこんなことしたんだか。
気づけば掴んだ白衣をそのまま引っ張り、少し高いその首に背伸びをして腕を回した。
「沙優くん…?」
「なんでそんな顔するんですか」
「えっ」
「触りたくなかったんですか?」
「いや…」
ホラ、室長も困ってる。
でも困ってるのは私もなんです。
なんでこんなことしてるのか、なんでこんなこと言ってるのかわからないんです。
でも、でもね
「疲れてたから」とか「ストレスがたまってた」とか、そんな、そんな適当な理由で触られるのは確かにいい気はしないけど、だれでも良いからって他の人にも同じように触れるのは、もっと嫌だ。
「…もし、室長が触れたいのが誰でもいいなら、私でもいいですよね?」
「…何言ってるかわかってるの?」
「誰でもいいなら、私にしてください。私だけにしておいてください。」
ああ、お願い室長。
ただイエスとだけ言って。
理由とか、落ち着こうとか、そういうことは今は言わないで。
ただ、ただ抱き返してほしい。
「私はあれから、貴方に触りたかった。」
口に出して仕舞えば簡単なことだった。
苛立ちも、胸の鼓動も、気付かずにいた愛しさも嫉妬も、触れたことで生まれた感情全て、触れることでしか解消できなかったんだ。
意識した時点で、私にも欲は生まれてたんだ。
腕に僅かに力を入れれば、静かに背に腕が回され、触れ合う箇所が発する熱に、お互いを求める行為に、胸に心地良い圧を感じる。
「…正直、わからないんだ。君じゃなかったらどうだったんだろうって。何度も考えた。考えたけどわからなくて。」
弱々しく声を出す室長に「私もです」と伝えれば「そうなの?」と応える声は少しがっかりしているように聞こえた。
「でも、室長じゃなきゃダメなのかはわからないけど、室長がいいってのはあります。」
「ああ…」
それは僕も。
優しい声が体に響く。
肩に掛かる息は暖かくて、やっぱり少しぞくぞくとした。