第3章 まずは触れてから考えよう(コムイ)
正直、どうして彼女にあんなことをしたのかわからない。
疲れてたとか2人っきりだったとか夜だったとかまぁ、いろいろあったんだろうけど、ずっと、女性よりも部下として、守る対象として接していたつもりだったから。
あの日、あの夜、腕の中に収まる彼女は紛れもなく女性だった。
自分よりもひとまわり小さく柔らかい体、なめらかな髪から漂う香、艶のある声や反応。高ぶった気持ちやこみ上げた愛しさは、一時のものであれ、確かに自分を刺激した。
しかし、彼女の事を好きなのかと問われればまた話は別だ。
同じシチュエーションであの場にいたのが他の女性だったら、自分はどうしていたのかハッキリしない。それもまた、現在進行形で彼女を怒らせている要因の1つなのだろう。あながち間違えではないのだが、彼女はきっと、一時の盛りに巻き込まれたと思っているのだ。
けれど
「目が追うんだよね。」
「はい?」
「いーや。こっちの話。これ、リーバくんに渡して。」
「はい。」
淡々とした返事と表情で、それでも資料を丁寧に受け取ると、件の女性はくるりとこちらへ背を向け立ち去っていく。
流れる髪、まっすぐとした歩き方、動きやすいスニーカー、揺れる白衣。
あの日を境に、彼女をただの部下ではなく女性の部下としてハッキリ意識しているのは明らかだ。
…もう一度触れればわかるだろうか。
あの体を腕に収めれば
あの髪をなでれば
あの声に名を呼ばれれば
…これって結局触りたいってことなのかな?
「手が止まってるんすけど。」
顔を上げれば頼りになる部下が眉間にしわを寄せて立っていた。一先ず、愛だの恋だのにうつつを抜かしてる訳にもいかないようで、今日も今日とて書類は既に雪崩を起こしていた。
「…褒められたいなぁ…」
「これ全部片してくれたらみんなでたっぷり褒めてあげますから、手を動かしてください。」
雪崩を直すと、酷いくまのできた彼はコーヒーを置いて立ち去っていき、デスクに戻る途中で彼女に話しかけられていた。
……あの2人あんなに話す距離近かったっけ。
あー近い近い…もう少し離れなよ…
気づけばムカムカと意識を持っていかれていた。
あーダメだ。忘れよう。
置いていってくれたコーヒーを含めば、口の中にその香りがふわりと広がる。
ああ、彼女の香りはコレだ。
