第26章 揺れる心〜愛の逃避行、無垢なる笑顔と恋のlabyrinth〜
にゃおーん、と低い声が一声大きく響いた。
はぁはぁと息を整えるために、下を向く。
それと同時に大きく酸素を吸い込めば、甘い香りが鼻腔を駆けた。
(レディ!!!)
息切れで声はでなかったが、バッと前を向いた先に探し人がポツリと立っていた。
冷たい風が吹き込んで、さあっと舞うのは何処から飛んできたのか赤い風船。
その風船をみているのかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。
レディの目線は風船より遠くを見ていた。
風に舞って高く高く上って遠ざかる風船、レディの瞳は青い空にポツリと取り残された色を追っているのではないようだ。
ぼんやりと上を向いたまま時が止まっているようで、こちらには気づかない。
キラキラと冬の太陽に照らされ落ちてく星屑に、目を見開き俺は駆け出す。
「鈴音!」
大きな声で紡いだ名前に、こちらを向くレディ。
それと同時に俺はレディを抱きしめた。
「すまなかった!こんな!こんなつもりでは!俺が寝てさえしなければ!こんな!」
抱き締める腕に力がはいる。
その腕にそえられる小さな手。
ゆっくりと腕の中で小さな頭が揺れた。
「...違うの」
ポツリとこぼれた言葉。
力を弱め、ゆっくりとレディの顔を見る。
レディの澄んだ瞳に映る俺の顔は、いつもなら凛々しい眉が下がり心配という一文字をたたえていた。
そんな俺の心中を察したのか、レディはニコリと笑う。
とても嬉しそうに、でも悲しそうに...。
「あのね、嬉しい事が...あったの」
必死で笑おうとする目尻からまた、ぽたりとしずくが溢れ出す。
健気で儚い花でもみているかのように、心臓がぎゅっと掴まれた。
「そうか...じゃあどうして、そんな悲しげな顔をするんだ?」
問いただすように、でもあくまでも優しく言ったセリフは幼子に問うには噛み合っていない。
そっと指先を目尻に当てれば、キラリとしずくが指に流れる。
「本当だ...おかしい、な...」
遠い目は幼子がする目にしては、大人びていて人一倍悲しげに見える。