第26章 揺れる心〜愛の逃避行、無垢なる笑顔と恋のlabyrinth〜
「おかしいだろう?」
ゆっくりとキャットを撫でつつ、俺は言葉を発する。
「レディの笑顔がみたい、それだけでいいと思っていた...」
目を瞑り想うのは、一人だけだ。
瞼の裏でレディが笑う。
「それなのに、心まで欲しいだなんて考えてしまっている時があるんだ」
キャットは俺の膝に丸まったまま、ぴくぴくと耳を動かす。
「レディを笑顔にしたかったのは本当なんだ。だが、レディと少しでも一緒に居たかった。だから今日ここへ来た。たとえ...」
レディがどんな姿であったとしても...。
小さくても大きくても、レディといた時間はキラキラと俺の中で光り輝いていて...。
「欲深い事はわかっている。一松だって、俺の大切な大切なブラザーなんだ。なのに何故だろうな...」
こんなにも、走り出してしまいたいと...思ってしまう自分がいる。
人の幸せを願う事がこんなにも辛いだなんて、思ってもみなかったとまた言わなければならない日が来るなんてな...。
空が青い。
海も青い。
澄んだ青はどこまでも美しく、広く広く。
それなのに俺の心は、この青と同じでありたいのに...。
そうじゃない別の色なんだ。
悲しいくらい、別の色なんだ。
「またこんな感情に迷う日がくるなんて、思ってもみなかった」
大切なブラザーと大切なレディを天秤にかけ、ガタンと動くのはブラザーへの気持ち。
それなのに秤は今にも壊れそうで、ゆらゆらと不安定だ。
投げ出している足と同じように...。
「キャット、どうか今言った事は誰にも言わないでくれないか?」
俺の一言ににゃーとキャットが海に叫ぶ。
すくっと立ち上がりぐうっとのびをする。
「ふっ、お前はあれだ。話せばわかるキャットなんだな」
笑って見せれば短い鳴き声が空に響く。
ストンと俺の膝からおり、防波堤を軽やかにおりる。
「なんだ?もういいのか?」
膝の上にほんのりと残った熱が名残惜しい。