第22章 ラストダンスは猫の手をかりて
ピアノが奏でる音が、胸に染みた。
チャイコフスキー四季の10月 秋の歌だ。
落ち葉がはらはら落ちていくような音が、物悲しい気持ちを連れてくる。
去ってゆく季節を名残惜しむような、そんな曲。
悲しげに私を見つめる瞳が、音と交差する。
消えてしまいそうな顔をする一松くんに、思わず呟いた言葉は欲が深すぎる。
「お願い、どこにも行かないで」
ピアノの音と心が重なるように、切ない気持ちにさいなまれる。
行かないでと言った瞬間に視界が歪む、どうしてこんなに悲しくなるの?
消えてしまいそうなそんな瞳の儚い彼が、たまらなく怖い。
このまま何処かへ行ってしまいそうで、消えてしまいそうで
あの日と同じように
「どうして、そんなこと言うの...?」
深い闇の底、たしかに灯る明かりが一松くんの瞳に宿る。
「一松くんが、居なくなると思うと怖いの、どうしてかわからないけどこわ...」
言いかけた瞬間に、背中にまわされた手で引き寄せられた。絡む手は離れて、私の全てを攫う。
気づいた時には腕の中、一松くんの匂いに包まれる。
「...違う」
ポツリと落ちる言葉に、タキシードを掴めば皺ができる。耳元で聴こえる声は、震えていた。
「...僕を置いていかないで...」
ハッとして上を向こうとしたら、強く抱き締められて身動きがとれない。
「見ないで、こんな顔」
むせかえるほど、肺いっぱいに一松くんの匂いを吸い込む。
優しい、香り。
懐かしい、とても懐かしい香り。
ちりんと耳元でなる水琴鈴。
奏でられるピアノ音とあわされば、切なくて胸が苦しい。
心臓が脈打つ
どうして?
こんなに胸が苦しくなるのはどうして?
慈しむように撫でられる頭、冷たい手。
この手が好きだった。
でも、そう思ったのはいつから?
そういえば、あの日って
あの日ってどの日だっけ?
ズキリと久々にやって来る痛み。
その痛みにぐっと言葉を飲み込みながら、下を向いた。