第20章 桜が舞えば想いは消える
「トド松、少しは食べないと....」
目の前のグラスに注がれた赤い液体
それを無視してただ、窓の外を見つめる
真っ暗な部屋、月明かりだけが僕の部屋を照らす。
そんな僕の傍らで、お節介に食事を運んできたのはチョロ松兄さんだ。
「ほら、飲んでトド松、いくら僕だって体力を回復させてあげることまでは出来ないんだよ?」
優しく穏やかな声が、すぐ近くでいるはずなのに遠くで聞こえる。
「僕....チョロ松兄さんが羨ましい.... 」
ぼんやりと月を見ながらそう言えば、眉を下げてとても困ったような顔をする。
「どうして僕が羨ましいの?」
そんなわかりきったことを聴く。
「チョロ松兄さんだったら、親友を助けられたから.... 」
窓の外を見ながら、僕はそういい放つ。
酷いことを、答えられないことを言っていたのはわかっていた。
力のせいで、馬鹿にされてきたチョロ松兄さんにとってその言葉は、屈辱かもしれない。
それでも、言わずにはいられなかったんだ。
悔いても悔いても、時間は戻らない。
外は春を迎えてるのに、僕の心は冷たい積雪の下で凍ってるみたいだ。
「ねぇ、トド松?」
そんな僕の光のうつらない瞳に優しく語りかけるチョロ松兄さん。
「確かに、僕の力は人を癒す力だよ。でもそれには限度だってある。」
じっと僕の瞳を見つめ、諭すように僕に言葉を紡ぐ。
「僕にだって癒せないものがある」
そっと自分の胸に手を当てて、何かを想うみたいに目をつむる。
「心の傷は、怪我は、僕には治せない。心の傷を治せるのは自分だけなんだよ?」
ズキンっと胸が痛む。
わかってる、わかってるんだよ。
何が言いたいのかなんて
でもその優しさは僕をさらに積雪の下に閉じ込める。
今の僕の傷を治せるのは僕だけって言いたいんだよね....
きっと....
「チョロ松兄さん、今は....一人にして.... 」
そういうとチョロ松兄さんはすっと立ち上がって、2回こんこんと左足で床を蹴る音が響いた。
何が言いたいのか、的外れなことを言うななんてわからないふりをしながら、かちゃりと窓を開ける。
さっと吹く風が桜の花びらを一枚、部屋に迷いこませた。