第36章 Hope
「で、でもね、何も無かったから…。話をしてただけですから…」
俺の動揺を察してか、侑李が早口で捲し立てた。
「息子がいるんだ、って…。自分と同じ、弁護士目指してるんだ、って…。自慢の息子だ、って…」
侑李のその真剣な表情からは、それが嘘偽りなどではないことが見て取れた。
「そ…っか…、あの人がそんなことを…。でもな、あの人が智君を陥れたのは、紛れもない事実なんだ。俺はどうしても許すことは出来ないんだよ」
仮にあの人が俺を許したとしても、だ…
「でも、ありがとうな、話してくれて…」
俺は侑李に向かって深く頭を下げ、そして「時間だ」と促されるまま席を立った。
看守に背中を押され、接見室を出ようとした時、
「櫻井さん!」
俺を呼び止める声に一瞬足を止めた。
「櫻井さん、俺…俺も闘いますから…。智兄ちゃんと…それから、櫻井さんのために…」
背中越しに聞こえる声が、次第に涙に濡れて行くのが分かった。
でも俺は後ろを振り返ることなく右手だけを軽く上げると、小さくガッツポーズを作って見せた。
侑李が証言台に立つと言うのは、過去に侑李の起こした事件にも当然繋がる。
そうなれば当時は未成年だからと公表されなかった侑李の素性も明らかになる。
侑李にとっては途轍もなく勇気のいる決断だったに違いない。
ちいさなガッツポーズは、侑李に対する俺なりのエールでもあった。