第34章 Reason
どす黒い感情が、腹の底から沸々と音を立てながら湧き上がってくる。
俺は包みを解いた包丁を、強く握り締めた。
「では、麻薬所持の容疑で逮捕拘留された智君の母親の件は…? 罪状を軽くするからと、智君に…無実の人に自白を強要させたのは…? それもあなたが…?」
責め立てる言葉が、堰を切ったように口から溢れ出す。
それでも父さんは、顔色一つ変えることなく、短くなった煙草を灰皿に揉み消した。
「答えて下さい! 刑期の軽減を条件に、松本に智君を…レイプするように指示したのは…あなた…なんですか…」
「お前のためだ。あの男はお前には相応しくない。お前にはもっと…」
「相応しくない、って…? そんなの父さんが決める事じゃない! 俺が決める事だ!」
俺にとっての智君は、何物にも代え難い存在であって、智君のためなら俺はこの命だって惜しくはない。
なのに相応しくないとか…そんな簡単な理由で否定されたくはない。
智君のこと、何も知らないのに…
「翔、お前は櫻井家の長男だ。そのお前が、あんなどこの馬の骨とも分からん男に骨抜きにされるとはな? どうせあの売女の産んだ子だ、身体を使ってお前を誑かしたんだろ…。お前はまんまとあの淫魔の罠にかかっただけだ。情けない…」
父さんが腰を上げ、俺のすぐ目の前に立つ。
そして眼鏡の奥の目に不敵な笑を湛えて、俺を見下ろし、
「軽い火傷でもしたと思って、あの男のことは忘れるんだな」
俺の肩を叩くと、再び書斎机の上のシガーケースを手に取った。
俺が智君に誑かされたって…?
智君が淫魔だって…?
許せない…
俺のことはともかく、智君を侮辱することは…
「許さない!」
瞬間、ズブリ…と、肉を抉るような感触を両手に感じた。
その直後、背中を赤く染めた父さんの身体が力なく崩れるて行くのが、まるで走馬灯のように見えて…
「う…うぁぁぁ……………っ!」
血に濡れた自分の両手が黒く染まって行くような気がして、俺はガタガタと身体を震わせた。