第34章 Reason
「父さん、翔です」
かける声と、ノックする手が自然と震える。
「入りなさい」
扉の向から返って来た声に、心臓がまるで早鐘のようにバクバクと脈を打つ。
「お前が私を尋ねてくるとは…。何か用か?」
書斎机に向かって書類に目を落とす父さんが、僕を見ることはいつだってない。
「実は父さんにお聞きしたい事があって…」
「ほお…、私に聞きたいこととは?」
そう言った父さんの視線は、やっぱり机の上書類に向けられたままだ。
俺はバッグをソファに置くと、底に忍ばせたタオルの包をそっと取り出し、背中に隠した。
「喜多川建設と父さんとの関係です」
喜多川建設…その一言に、それまで流れるように紙の上を滑っていたペン先が、ピタリと止まった。
そしてずっと下を向いていた顔を上げると、眼鏡の下の目を、キッと細めた。
やっぱりか…
父さんは、公にこそなっていないが、喜多川建設の顧問弁護士の一人であることは間違いない。
それも深い関わりを持った…
「何が言いたい…」
まるで地獄の使者のような…背筋が凍り付きそうな声に、自然と足が竦む。
駄目だ…
こんなことで怯んでちゃ駄目だ…
俺は一つ深呼吸をすると、元々用意してあった質問を、そのまま父さんにぶつけた。
「喜多川建設絡みの児童養護施設で起きた、児童買春事件…。揉み消したのは、父さんなんでしょ…?」
「ふっ…そんなことか…」
顔色一つ変えるでもなく、手に持っていたペンをペン立てに立てると、鈍い光を放つ眼鏡を外し、片眉をピクリと上げた。