第30章 Suspicion
思い出せ…
ほんの些細な事でもいい…
思い出してくれ…!
俺は祈るような気持ちで智君の目を見つめ続けた。
「あ、そう言えば…」
記憶を遡っていた智君が、何かを思い出したように顔を上げた。
そして俺に視線を向けると、
「あの人…、マンションの管理人の奥さんだよな? あの人と擦れ違ってる筈だ」
身を乗り出す様にして、テーブルを指でトントンと何度か叩いた。
「管理人の奥さん、と言うのは?」
智君の言葉の意味が今一理解できない岡田は、智君から視線を外せないでいる俺を覗き込んだ。
「あ、ああ…、ご主人がマンションの管理人をしていて、奥さんは毎朝決まった時間に弁当を届けに来るんです。多分その時に擦れ違ったんだと…」
盲点…、と言えばそうだったのかもしれない。
俺達もそうだが、検察側の調書にも、管理人の奥さんからの供述は得ていない。
「もう少しその時の状況を詳しく話してくれないか? どんなことでもいいから、覚えてることを全部」
岡田の握ったペンが、ノートの上を忙しなく動き回る。
「あの日は…、そうだ…、俺の好きな漫画が連載されてる雑誌の発売日で…、でも俺は買ってなくて…」
そして智君も、記憶の糸を辿りながら、ポツリポツリと言葉を紡いだ。
「いつもおばちゃんに読み終わったのを貰ってて…、あの時もそうだ、確か前月号の雑誌を貰った筈だ」
確かに俺が帰宅した時、部屋に見覚えのない雑誌があったのを、俺も記憶している。