第23章 Deep Love
「どうして…!」
こんなにも近くにいるのに…
あと少しで抱きしめられるのに…
俺は知らず知らずのうちに拳を握り締めていた。
「俺が…。俺がそっちまで行くから…。だからお前はそこで待ってろ」
少し離れて様子を見ていた井ノ原さんが、智君の手に杖を握らせると、智君がそれを頼りに、ゆっくり車椅子から腰を上げた。
そして、一歩踏み出しては立ち止まり、また一歩踏み出しては立ち止まり…
たった数メートルの距離を、足元を確かめながら俺に近付いて来る。
あと少し…
あと一歩踏み出せば手が届く…そう思った瞬間、俺の目の前で智君がバランスを崩す。
危ない、そう思った俺は無意識に智君の痩せた身体を腕に受け止めていた。
「驚いた…だろ…?」
俺の胸に顔を埋めた智君が、少しだけ呼吸を乱しながら言う。
「でもなぁ…、あと少しだったのに…」
そう言った智君の声は、ちょっとだけ悔しそうで…
そんなところも負けず嫌いな智君らしいと思える。
「なぁ、何とか言えよ?」
智君が俺を見上げる。
「えっ、あぁ、うん…。凄いね? よく頑張ったね?」
俺の腕の中で、智君が”だろ?”と照れ笑いをしてみせた。
「あの~、そろそろ病室に戻りませんか? ここはどうも寒くて敵いません」
井ノ原さんが一つ鼻を啜った。
「同感です。しっかり掴まっててね?」
俺は智君の返事を待たずに、彼を抱き上げた。