第18章 Fallen Ⅱ
俺が何か大事なことを忘れているのは、井ノ原の様子からも明らかだった。
それに長野も…
元々刑務官の割には、どこか軟弱な印象の長野だが、今ではそれすら通り越して、情けないまでに肩を落とし、首を項垂れている。
俺は井ノ原に向かって、紙とペンを寄越すよう、身振りで伝えた。
俺に何があったのかは知らないが、今となってはそれしか伝える術が思いつかなかった。
「これでいいか?」
井ノ原がポケットから小さなメモ帳とボールペンを取り出し、メモ帳の白紙の部分を開いて俺に差し出した。
俺はそれを受け取ると、そこにペンを走らせた。
俺が聞きたかったのはただ一つ…
『翔は?』
それだけだった。
「櫻井弁護士のことか?」
『ここに来たんだろ?』
その言葉に、二人が顔を見合わせた。
そして井ノ原が俺に向き直ると、一つ深呼吸をしてから、漸くその口を開いた。
「ああ、さっきまでここにいたよ? お前の手握って、何度も何度も名前呼んでた」
ああ、あれは…俺を呼んだあの声は翔だったんだ。
翔は確かにここにいたんだ…
手からメモ帳とボールペンが滑り落ちた。
ではあの涙の跡はやっぱり翔の涙?
俺はすっかり消えてしまった翔の痕跡に、そっと唇を寄せた。