第16章 Limit
作業なんて、ろくに手につかった。
頭の中に二宮の言葉がチラついて離れない。
「どうしたんだよ、さっきからボーッとしてるけど…」
俺の隣で作業に没頭していた加藤が俺を伺う。
加藤は隣の房で、たまたま同じ趣味を持っていた事から、時折言葉を交わすようになった。
元々寡黙な奴だから、それ程多くを語るわけじゃないが、過去に小説家を目指していただけあって、その言葉は心に響くことも多い。
「いや、何でも…」
言いかけたその時、俺の頬に鋭い痛みが走った。
「痛っ…!」
手元に目を向けると、ニッパーを握った手に、ポタポタと落ちる赤い雫。
どうやら切り損ねた針金が、俺の頬を掠めたらしい。
「おい、大丈夫かよ?」
加藤が驚いたように声を上げる。
「あっ…あぁ…大したことねぇよ…」
なんとか平静を装うが、徐々に熱を持ち始めた頬と、そこから滴り落ちる鮮血が、傷の深さを物語る。
「おい、誰か医務室へ付き添ってやれ」
騒ぎに気付いた刑務官が俺に駆け寄る。
「俺が行きます」
最初に手を上げたのはマサキだった。
「よし、頼むぞ。長野刑務官、お願いします」
「はい!」
長野が上官に一つ敬礼をして、俺の頬をポケットから取り出したハンカチで押さえた。
「暫くこうしておけ。いいな?」
俺は小さく頷くと、マサキの腕に肩を抱かれ、作業場を後にした。