第16章 Limit
「アイツの妹の件、お前が噛んでること、アイツは知らねぇんだよな?」
俺は視線を再び地面へと落とした。
「言えるわけないだろ…。俺がアイツの妹を…」
口が裂けたって言えない。
言ったらアイツは…
「でも、俺は殺っちゃいねぇ…。俺じゃ…」
「だろうな…お前に人は殺せねぇよ…」
「第一、俺、女相手に勃たねぇし…」
言ってしまってから恥ずかしさが込み上げてきて、俺は自然と顔が熱くなるのを感じた。
そんな俺に松本が「だろうな」と皮肉ると、フッと笑い、ベンチから腰を上げた。
「とにかくアイツには用心することだ。それに何かあったら俺に言え。アイツのあの目はマジでヤベェから…」
視線を前に向けたまま、尻に着いた砂を手で払う。
「気を付けろよ?」
そう言って松本はグラウンドに向かって走り出した。
俺は無言で松本の背中を見送った。
松本の背中越しに、マサキの視線を感じながら…
用心しろ、か…
頭の中で松本の言葉を反覆する。
マサキが心の奥に、得体の知れない闇を抱えていることは、俺にも気付いていた。
それがドス黒い感情だ、ってことも…
屈託のない笑顔の合間に一瞬見せるあの顔…
怒りに満ちた…でも、どこか寂しげな顔…
それらは多分、俺に向けられている。
確証なんてない。
ただ漠然とそう思った。