
第32章 灰羽リエーフの数日〜2025.birthday〜

すっかり冷たくなった風を受けながら、酔いを覚ますようにゆっくりと歩く。私を気遣うように歩くリエーフの手を握り直すと、リエーフのグリーンの瞳がこちらを向いた。
『今年も旅行来られてよかった。』
「ですね。毎年恒例になってますもんね。夏と秋の旅行。」
『うん。行き先決めるところから毎年楽しみだもん。』
お互いの誕生日は一緒にお祝いしよう。
ふたりで誕生日を祝い始めてから何年経っただろうか。
私の誕生日はお互いの繁忙期だから家でゆっくり、その分落ち着いた8月後半に旅行。そしてリエーフの誕生日の10月後半にも旅行。
最近は誕生日プレゼントを渡さないかわりに旅行費用を出そうと話をし、旅行用に2人で共同口座に積み立てているが、リエーフが少し多めに積立てているのはなんとなくわかるし、その分生活費は多めに出している。
これは一緒にいるためのけじめだ。
ひゅう
ビルの合間から吹き込む風に身を縮ませれば、リエーフが半歩先を歩き風を避ける。それが嬉しくて腕を絡めればリエーフから笑みが降ってきた。
冬が来る。
また、冬が来て、春夏、そして秋が来たらリエーフは30歳になる。
リエーフの人生の半分、私はそれだけ長い年月一緒にいる。
何度も考え何度も納得させてリエーフの隣にいるけれど、それでも何度も不安になる。
『そういえばさ、来年はもう30歳だね。』
下から顔を覗き込みながらリエーフの隣に立つ。
そんな私にくすくすと笑みを零しながら、リエーフは私の腰を抱いた。
「そうですね。実感はないですけど。」
『30歳のお祝いに何が欲しい?リエーフも私が30歳になった時に旅行とは別でくれたじゃない。』
私が30歳の時は、一粒パールのネックレスとお揃いのアメリカンピアス。冠婚葬祭、何にでも使えるそれは私のお気に入りで、灰羽家との食事会でも何度も使わせてもらっている。
『あれ本当に嬉しかったから。それに30歳は特別だから。何がいい?』
そう問いかけるとリエーフは少しだけ悩み、止まる。
足を止めたリエーフの前に立つと、掴まれた両手。覗き込むように瞳を見つめれば、その瞳はわたしを射抜いた。
「欲しいものは、美優さんです。」
『私はリエーフのものだよ?』
「そうじゃ、なくて」
歯切れの悪い言葉に首を傾げると取られた腕を引き寄せられ、私はリエーフの胸の中へと飛び込んだ。
