第5章 裏切り者
「否、消した訳じゃないよ。あやふやにしただけ。」
「!」
「たとえ同じ体験をしても、興味関心の有無で各々違うように残っちゃうものでしょ?記憶って。だから完全に消すことって難しいんだよ。」
出来ない事は無いと思うんだけど。
「私との取引条件を覚えているかい?」
謀られたか。
アリスの発言を聞いて太宰の声のトーンが少し下がる。
「ちゃんと覚えてるよ。でも私だって記憶の改竄とは言ったけど記憶の消去なんて一言もいってないからね?」
「……。」
確かにその通りだ。
今までの取引相手がアリスの事だけを忘れていた事もあり、完全に隠蔽出来ると勝手に想像していたのは太宰の方。
「どうせ盗聴してたんだから分かってると思うけど、あの女の子達は此処の事は忘れてたでしょ?」
「………盗聴までバレてるのか。知っていたけれど。」
ふぅ、と息を吐く。
声のトーンが元に戻った。
「電波や音も操作対象だし、『私』に盗聴機を仕掛けたなら尚更だよ。『嘘』と同じ。」
クスクス笑うアリス。
「記憶操作の条件は『私が関わった部分。』これは絶対条件だよ。類似体験とかすれば記憶を呼び起こす恐れがあるかもしれないけど、普通に生活をしていればマフィアに関わるなんてこと、そう有ることじゃないし。たとえ私と偶々再会して思い出したとしても…」
「また忘れさせればいい、か。」
「その通り。」
アリスはニッコリ笑う。
約束を違える気は無いことに、取り敢えず良しとする太宰。
「一斉射撃を止めたのは?」
「言葉だよ。ほら、日本には古より『言霊』なんてものが存在するでしょ?条件が厳しいみたいであんまり成功しないんだけど、銃の攻撃は100%止められる。」
「………。」
アリスの発言に驚かされてばかりの太宰。
「なんとなく解った?」
首を傾けて聞いてくる仕草は何処にでも居る少女なのに。
「君がチート級の異能力者だということは判ったよ。」
組織全体で1ヶ月掛かっても集められなかった情報を、たったの1日で揃えてきたのも。
裏切り者が侵入して見方に成りすましている混乱を、休息を含めたとして、たったの4日で解決できると言い切ったことも。
今は取引とはいえ味方にいる。
然し。
若し、敵に回してしまったならば―――?