第2章 ほしいものは
「そっ……いうこと軽々しく言ってんじゃねーよ!!クソが!!」
「ほ、ほんとに私なんでもするつもりで」
「うっせー死ね!!滅べ鈍感!!」
「え、ええ…」
なんだなんだ。勝己くんの口が悪いのは今に始まったことじゃないけど、今日はいつにも増してひどい。
ひとしきり叫ぶと勝己くんはまた勉強に戻ったけど、まだイライラしているようだし、その顔は依然として赤い。そんなに怒らせるようなことをしたかといつもなら怯えて引き下がるところだけど、今日の私は無駄に勇敢だった。そそっと勝己くんの傍に寄り、ぶっすりした横顔に話しかける。
「勝己くん」
「うるせえ黙れ勉強しろ」
「勉強もするけど、本当に何かしてほしいことないの?」
「………」
「なんでもいいんだよ。たしかに私とろくさいけど、これでも体力はあるし…ほら、ぱ、ぱしりとか…」
勝己くんにじっと見つめられていると自信がなくなってきて、だんだん尻すぼみになっていく。考えてみれば勝己くんのほうが何倍も器用なのだから、私に任せるより自分でやったほうが速いに決まってる。なんでもしてあげるだなんてとんでもない傲慢なのではないかと思い至って、押し付けがましさに顔が熱くなった。けれど、そんな私の手を勝己くんはきゅっと握る。
「か、勝己くん?」
「…してほしいこと、っつーか」
欲しいもんは、ある。そう、まっすぐな目に捉えられたまま、似合わない小さな声で囁かれて、胸が高鳴った。こくりと小さく喉が鳴る。
「…なにが、ほしいの?」
なぜか震えた声に恥じ入る間もなく、勝己くんに手を引かれる。肩を掴まれ、至近距離で覗き込まれて、とうとう私は呼吸もままならなくなった。
強く脈打つ心臓が痛い。勝己くんがどういうつもりで私を見つめているかわからないのに、身体中が熱くて、引き結んだ唇が勝手に震えた。勉強のお礼だとか感謝だとか、そんなものぜんぶ吹っ飛んで、目の前の勝己くんのことしか考えられなくなる。
熱い頬の輪郭をなぞり、勝己くんは小声で、目ぇ閉じろ、と言った。
この距離で目を閉じて何が起こるかなんて、いくら鈍い私にでもわかる。わかっていながら、私の瞼はゆるゆると落ちた。それが自分にとって何を意味するか今は考えずに、息を詰めて勝己くんの気配を伺う。ゆらりと空気が震えて、吐息が鼻先を掠めた、その瞬間。
額を凄まじい衝撃が襲った。