第2章 フライングゲット〔白石蔵ノ介〕*
*裏注意
「…………」
「…………」
「…………」
「…………ごめん…似合わない、よね…」
目の前には、口元を押さえて険しい顔をした蔵。
久しぶりのデートだと楽しみにしていた海水浴は、明日に迫っているのに。
こんなに微妙な空気になるなんて、聞いてない。
沈黙に耐えきれなくなって、思わず口をついて出たのはなぜか謝罪の言葉で。
自分でも何を謝っているのかわからなくて、つい尻すぼみになる。
蔵の部屋のエアコンが、急に肌寒く感じて。
ひとり水着に着替えた私は、あまりの虚しさに泣きたくなった。
海でも行こか、って誘ってくれたのは蔵の方だった。
最後の夏、テニスで忙しいはずなのにわざわざ時間を作ってくれたのが嬉しくて。
蔵の試合を観に行くくらいしか予定らしい予定のなかった私は、二つ返事でOKした。
でも私はスクール水着しか持っていなくて。
それはそれでええやん、俺は好きやで、なんて蔵は割と真顔で言っていたんだけど、そんなの絶対に嫌だったから。
先週の土曜、大学生のお姉ちゃんに付き合ってもらって、人生初のビキニを買った。
白黒ボーダーのバンドゥタイプを選んだのは、胸が大きくなくても大人っぽく見えるというお姉ちゃんのアドバイスを忠実に守ったから。
大人びた蔵の隣に並んでも恥ずかしくないように、不自然にならない程度に背伸びしたつもりだった。
試着室で着てみたらすごく恥ずかしかったのだけれど。
いつもファッションには辛口なコメントばかりのお姉ちゃんが「似合ってるよ」と言ってくれたから、免罪符でももらったような気になっていた。
今思えば、海水浴なんていかにも恋人同士らしい憧れのシチュエーションに、そしてその恋人が他でもない蔵だということに、浮かれていたのだと思う。