第6章 誰が為に花は咲く〔跡部景吾〕
少しずつ離れていく背中は、凛として自信に満ちていて、悲しいほどに綺麗だった。
人ごみにまぎれて、その背中がちらちらとしか見えなくなって。
きっともう少しすれば見失うだろう。
このままわざとはぐれて一人になってしまおうかと思った瞬間、跡部が振り返った。
目は合わなかったから見つかってはいないはずだ。
反射的に顔を背けて、近くを歩いていた大人数グループの最後尾、そのさらに後ろに隠れるように位置を取った。
跡部の方を見ないように、下だけを向いて歩く。
想いを寄せる同行者から故意に離れて身を隠すなんて、ああもう、私は何をしているんだろう。
しばらくそうしていたら「おい、この歳になって迷子か」と左腕を掴まれた。
「いいご身分だな、俺様に捜させるとは」
「あ、ごめん…」
首筋に汗が一筋伝っていて、それはさっき隣を歩いていたときには見当たらなかったもので。
焦って捜してくれたのだろうか。
だとしたら喜んでもいいのだろうか。
こうして来てくれたことが嬉しいくせに切なくて、胸のあたりがきゅうと痛くて。
跡部は「ったく、世話が焼ける女だな」と大げさにため息をついて、掴んでいた私の腕を離した。
と思ったら、そのままその手で私の左手を取って、指を絡める。
何事かと繋がれた手を見遣ると「こっちのが解けねえだろうが」なんて声が降ってきて、振り解くことを許さないとばかりにがっちりとホールドされた。
やめてよ、みじめになるから。
そう言おうとしたけれど、初めて触れた手が言葉よりずっと優しくて、何より心臓が壊れてしまいそうなくらいに早く打ち始めて。
私はまた、何も言えなくなった。
混み合っている会場を抜けて、座れそうなところまで歩く。
好奇と非難の視線を相変わらずひしひしと感じながら、偶然空いていたベンチに腰かけた。
座っても繋がれたままの左手につけた腕時計は、もう少しで花火が始まるという時刻を指している。
それを見た跡部は「あと少しか」と独りごちて、「なんでそんな機嫌悪りぃんだよ、今日は」と低い声で問うた。