第6章 誰が為に花は咲く〔跡部景吾〕
言葉に詰まる。
そんなの言えない、言いたくない。
声にならないくらいに小さな声で、呟いた。
「…一生わかんないよ、跡部には」
わかるわけがない、わかるはずがない。
跡部の隣にいることに気後れする女の気持ちなんて。
みじめで卑屈な女の気持ちなんて。
いつも通り強気でいられないことを気に病む女の気持ちなんて。
「ああ、わかんねえな」
聞こえていないだろうと思っていた言葉に返答されて、同時に繋がれた手に力が込められて、面食らう。
跡部は構わず続けた。
「だが、お前もわからねえだろうな。俺がどんな思いで誘ったのか」
「…え?」
「お前と来たかったっつってんだよ、いい加減気づきやがれ」
その言葉を頭の中で何度も反芻して、ようやく意味を理解する。
いやいや、嘘だ、ありえない、揶揄ってるんでしょ?
顔を上げてそう抗議しようとしたら、前を向いたきり視線を合わせようとしない跡部の頬が、暗くてよくわからないけれど赤くなっている、気がした。
全速で走ったときよりずっと、鼓動が早い。
そしてたぶん、私の頬は跡部よりもっと赤いだろう。
「…いやだって、私、かわいくないし」
さっきの言葉をずっと根に持っているなんて、それこそかわいくないけれど。
言わずにはいられなかった。
なぜ私なのかと。
私より見た目も中身もかわいい女の子は数え切れないほどいるのに。
「俺様は理想主義者だが、リアリストでもある」
「え? どういう…」
「お前がいいっつったんだ、わかったかバカ。じゃなきゃ俺はこんな人ごみの中をわざわざ歩いたりしねえ」
なんだか失礼なことを言われている気もしたけれど、バカ、と言った口調が、いつも教室で憎まれ口を叩き合っているときのそれだったから。
きっと嘘ではないのだと、そんな気がした。
「…わかったら、黙ってキスされてりゃいいんだよ」
その台詞を頭で理解するより先に、跡部の顔が近づいてきて。
驚いて思わず目を閉じると、唇にふわっと柔らかいものが触れた。
それが跡部の唇だったのだと認識したときにはもう、ドン、と大きな爆発音がして、跡部は空を見上げていた。