第6章 誰が為に花は咲く〔跡部景吾〕
五分ほどで会場になっている堤防にたどりつくと、人波でごった返していた。
「すごい人だね」と言いかけてから、ずっと話していなかったことを思い出して、つい喉まで来ていた言葉を飲み込む。
クラスでは毎日無駄口ばかり叩き合っているのに、自分でもびっくりするくらい、本当に何も話さなかった。
原因を作ったのは間違いなく私だったから気まずい沈黙ではあったけれど、それでも決して居心地が悪くないと思えてしまうのは、腐れ縁の功罪だ。
もし相手が跡部じゃなくて普通のクラスメイトなら、もうとっくの昔に耐えきれなくなって逃げ出していただろう。
そんなことを思いながら、横顔を盗み見る。
贔屓目なのを差し置いても、浴衣姿の跡部は一ミリの隙もなく完璧で、周りの着飾っているかわいい女の子たちよりもよっぽど華があって、そして誰よりも目立った。
いや、浴衣でなくとも目立つのはいつものことなのだけれど、今日は輪をかけて輝いている。
翻って私はといえば、まるでコンビニに行くような普段着で、せっかくのグロスだって取れてしまって。
跡部に否応なく浴びせられる視線は当然、隣を歩く私にも刺さった。
誰ともなく「え、あれ彼女かな?」「いや妹じゃない?」なんて話す声まで聞こえてきて、いたたまれなくなる。
彼女でも妹でもない、単なるクラスメイトでしかない。
そう言えればいいのだけれど、それもできなくて。
もういっそ、跡部とは無関係の他人に見えてくれればいいのに。
人波に押されるふりをして、じりじりとさりげなく、けれど確実に距離を取る作戦に出る。