第6章 誰が為に花は咲く〔跡部景吾〕
*短編集にアップしたものを再録。内容はまったく同じです
「何してんだ、こんなとこで突っ立って」
駅前の雑踏の中、後ろから急に飛んできた声を聞くだけでその主がわかってしまうのは、長く一緒にいて聞き慣れているからか、隠しきれない自信が声からもにじみ出ているからか。
それとも、私がそいつに恋をしていて、なおかつそいつのことをちょうど思い浮かべていたからだろうか。
「何って、練習試合の帰り。そっちは?」
「練習終わりで部員に奢ったところだ」
驚きと嬉しさで心臓が跳ねたことを悟られないようにゆっくり振り返ると、跡部は幹線道路を挟んで向かいのハンバーガーショップを指差した。
安さが売りの店ではなくて、おいしいけれど少しお高めのチェーン店。
貧乏じみたこんな知識をおそらく跡部は持ち合わせていないだろうし、高い安いなんて気にもかけずにカードでぽんと払ってしまうだろうけれど。
跡部らしいな、と思いながら「ふうん」と気のないふりをする。
何の因果か、跡部とは入学したときからずっと同じクラスだ。
マンモス校の部類に入るこの学校で、三年間一緒というケースはとても珍しい。
その上、相手が自他共に認める氷帝のキングなのだから、もうこれは奇跡に近い。
毎日嫌でも顔を合わせていれば、誰だってそれなりに仲よくなってしまうのに、熱狂的、いや狂信的と言ってもいいだろうファンからの私への風当たりは年々強くなるばかりで、言わずもがな生半可なものではない。
一体いくらお金を積んだのか、実はすごくお金持ちのお嬢さまなんじゃないか、なんて裏では言われているらしい。
うちは一般的なサラリーマン家庭だし、当たり前だけれど一銭だって出していないというのが現実なのだから、笑ってしまう。
そんな都市伝説を生み出すなんて、恋する乙女の想像力というのは本当にすごい。
かく言う私も、跡部に想いを寄せる一人であることには変わりないけれど。