第6章 誰が為に花は咲く〔跡部景吾〕
去年の春、ファンクラブのボス的存在の先輩に言いがかりをつけられたとき、カチンと来て思わず言い返してしまって、ちょっとした言い争いになった。
ちょうど跡部が通りかかって、ぎゃんぎゃん騒いでいた先輩が借りてきたネコみたいに大人しくなったから、大ごとにはならなかったけれど。
先輩がいなくなったあと、跡部はふと私を見て「やるな、お前」と言った。
続けて笑いながら「気の強い女は嫌いじゃないぜ」なんて言うものだから、私はその「気の強い女」でい続けるために、およそ想い人への態度とは思えない軽口や色気のないやりとりを、来る日も来る日も繰り返す羽目になった。
もともと男勝りな性格だったことも手伝って、互いに憎まれ口を叩き合っては笑い飛ばすのなんて日常茶飯事。
支持率を武器にした強引すぎる跡部のやり方に突っかかって、喧嘩になったこともある。
気の強い女、の意味を履き違えている気がしないでもなかったけれど、もう後には引けなかった。
今さら可愛らしく媚びて点数稼ぎをするなんてキャラじゃないし、ファンの一人に成り下がるのはプライドが許さなかった。
たとえどんなに些細なことでも、跡部と話すことができるのは嬉しかった。
「で、何してたんだよ」
「ああ、これ」
私が見ていたのは、明日の花火大会を知らせるポスター。
東京では有数の規模の、夏の風物詩だ。
夏休みに入ってすぐのこの花火大会を失念しているなんて例年ならありえないことだけれど、バスケ部に所属する私は、跡部と同じく最後の夏の大会に向けて練習が忙しくて、今の今まですっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
こんな私でも一応、恋人と花火を見に行くというシチュエーションには憧れがあって。
それが跡部だったらいいのにと、ポスターを見ながらぼんやり考えていたのだ。
そもそも跡部は、花火大会の会場なんてごみごみしたところにわざわざ足を運んだりしないだろうと。
仮に行ったとしても相手は私じゃなくて、求愛アピールの上手なファンの子だろうと。
夏休みにわざわざ連絡を取って誘う勇気なんて、いくら振り絞ったって出てこないなと。
ありえないことだとわかっていながら、少しでも可能性が残っていないかと、そんな確認をしてしまったりして。