第5章 黄昏エスケープ〔千歳千里〕
夏休みの宿題の進み具合とか、テニスの話とか。
近況報告をし合っていたら、いつの間にか一時間が経っていた。
窓の外では赤い夕陽が、青かった空を徐々に薄紫に染めていく。
日の入りはもうすぐ。
こんなに長い時間、移り変わる空を見ていたのなんて久しぶりだ。
車内にいた他の乗客は、時折止まる駅で一人、また一人と降りていく。
千歳が私の門限をやたら心配するから、しぶしぶお母さんに「偶然友達と会ったから遅くなる」とだけメールを入れる。
電話で口うるさく小言を言われるのが目に見えて、すぐにスマホの電源を落とした。
千歳はそれを横目で見ていたようだったけれど、何も言わなかった。
いくつも駅を飛ばして、ずいぶん久しぶりに電車が止まった。
なかなか発車しようとしないからどうしたのかと思ったら、駅員さんが網棚をチェックしながら歩いてきて、終点なのだと知る。
千歳が「一回、出るか?」と外を指差すから、頷いた。
ずっと手を繋いだままだったことに今さら驚きながら、ホームへ降り立つ。
田んぼや畑の多い、見慣れない景色。
日が落ちたからか、街中よりもずいぶん涼しい感じがした。
都会で聞くセミの鳴き声はあんなにも暑苦しいのに、ここではとても心地よかった。
がらんとして、人影のまばらな駅。
蛍光灯に虫が寄ってきて、パチパチと音を立てる。
日は完全に落ちたけれど、空はほの明るい。
改札を出て、駅舎のそばにあるベンチに並んで腰掛けた。
重なった手は、また千歳のジーンズの上に落ち着いた。
訪れた沈黙は、決して不快ではなかったけれど。
それを破ったのは私の方だった。
「ねえ、千歳」
「ん?」
ベンチから立ち上がる。
いつも見上げるはずの千歳を見下ろすのは、不思議な気分だ。
「このまま私と、駆け落ちしてくれる?」